子供たちがパソコンで作ってくれた年賀状のクオリティがすごい!

年賀状作成ソフトが導入されてから年賀状作りは一気に楽になった

昔は手書きで書いていた年賀状。

それもプリントゴッコで楽に作れたと思うのは、古い世代。

今では、バソコンで作ることが当たり前の時代ですね。

筆まめのような年賀状ソフトを買ってからは、作成がとても楽になったことは、言うまでもありません。

しかし、パソコンを買い換えても、ソフトを変えずに使っていました。

ソフトの中に登録している住所リストを他のソフトに移行させる方法が分からなかったからです。

恐らくそんな機能はあるのでしょうが、調べることも面倒でしたし、年に1回だけの利用です。

そんなことから、年賀状ソフトはずっと同じ物を使っていたのです。

しかし、裏のデザインだけは、毎年変えていきたいので、Excelで年賀状フォームを作って、毎年、家族の写真と干支を変えるだけの手抜き年賀状を続けていたのです。

子供3人と共働きをしている嫁さんの年賀状もまとめて作成して印刷をしていたので、少しでも早く印刷し終えたいと思っていたからです。

このパターンは子供達が成長して中学・高校となるにつれて、自分独自の年賀状を作りたくなるようになってきましたし、それぞれがノートパソコンを持つようなったことで、全員の年賀状制作から解放されたのでした。

でも、娘や息子はイラストを書くことが趣味なのか、年賀状もイラストバージョン。

特に長男はバソコンオタクレベルなので、ベンタブやデジタイザーで見事なイラストをパソコンうえで作って、年賀状に印刷。

親バカかとしれませんが、その色あいと言い、デザイン性と言い、見事としか消えません。

「親父の分まで作ってろうか?1枚50円ね。」

と思わず家庭内バイトをしようする長男。

結局は無償で100枚作ってくれましたが、送った仕事関係の人や友人からは、後になって連絡が来たほどです。

「あの年賀状は誰が作ったんだ?お前じゃないよな。」

それだけで反響があったのです。

今年の年賀状は姉弟タッグで作成。

デッサンは長女でそれをベースにCG化した長男。

最早素人の域を脱しているとしか言えませんでした。

そんな年賀状を作った娘も無事に就職したのですが、仕事はデザイン関係とは無縁の看護師。

まさかあれだけデザイン抜群の娘が看護師になろうとは。

確かに看護の専門学校に通っていたのですが、娘曰く「年賀状作るくらいなら、まだいいけど、あの程度なら、収入を得ることはできないよ。」そんなことを言っています。

年賀状を徹して色んなことがありましたが、毎年、年賀状を書く時期は、色々な思い出も蘇らせてくれる時でもあるのです。

送る相手に合わせて年賀状のデザインを変えている理由とは?

大変だけどこれだけは決めている!年賀状を送る上で決めているこだわり

年末になると気持ちが焦ってしまって、中々作業がスムーズに進みません。

大掃除にお正月用品の買い出し、おせちの準備など、子供の頃楽しみにしていたお正月が、正直億劫になっています。

年賀状に関しては、期日までに書いたためしがなく、大晦日にやっと投函するというのを毎年繰り返しています。

昔はせっせと手書きをしていましが、今はほとんど息子がレイアウトして作ってくれますから、随分楽になりました。

只孫の写真がメインなので、送る相手を考えなければなりません。

よく耳にするのが、未婚の人に家族写真、特に孫の写真をアピールしたものを送るのは失礼だという話です。

余程親しくない限り、貰った相手は嬉しくもなく、興味もないというのが現実のようです。

私は3年程猫ブログを書いていましたので、ブログのお友達が何人かいます。

皆猫大好き人間ばかりですから、その人達の為に猫のイラストや写真入りのデザインのはがきを作ります。

何故か独身の人が多いので、孫の写真は絶対に入れません。

息子は不思議そうに、「何で、そんなに気にするん?」と言いますが、この心情は分からないでしょう。

気にし過ぎる方が、相手には余計な気遣いだとも思うのですが、常に話題は猫中心にするようにしています。

又拘りとして、少しは手書きで言葉を添えないと味気ない気がします。

印刷された活字は、やはり気持ちがこもっていないように感じるのです。

この何でもネットの時代に、年賀状を送ること自体ナンセンスだと言う人も多く、字を書くという作業も無くなってきています。

これも合理的と言えばそうなのでしょうが、便利になり過ぎてしっぺ返しがくる気がしてなりません。

私は、高校の恩師からの年賀状を毎年楽しみにしています。

何故なら、いつも手書きで近況報告などを綴ってくれているからです。

数十年教師をされてきた訳ですから、相当の数の年賀状が送られてくる筈です。

それなのに、毎年必ず手書きでオリジナルの年賀状なのです。

先生のポリシーみたいなものが感じられて、年賀状を手に取ると、「今年も元気に過ごされているんだ」と、安堵するのです。

そういうことから考えると、年賀状を書くというのは、とても意味のあることではないでしょうか?

余計な思い込みをせず、自分らしい年賀状を作りたいものです。

たとえ自分が愛するペットや家族をメインにしたデザインであっても、ちょっとだけ手書きを添えると、相手に思いが伝わる気がします。

又今年もギリギリになってしまいそうですが、相手の顔を思い浮かべて書くつもりです。

苦労していた年賀状作りも専用アプリを使用して楽しみになった

一昔前までは、プリンター、パソコン、インターネット環境がなかった我が家では年賀状はコンビニで既に刷ってあるものを購入して、住所は手書きでしていたため、思ったより手間がかかる作業で、毎年年賀状作成のシーズンになると憂鬱になってました。

何より字が下手なことが一番困っていたことです。

宛名は一番字や大きさやバランスが難しく、出来上がったものを見ても恥ずかしいほとでした。

しかし、スマートフォンを購入した四年前から、スマートフォンのアプリで年賀状が簡単に作成できて、しかもコンビニで購入するよりトータル的にみると安いと友人から教えてもらいました。

早速ウェブポという年賀状作成アプリをダウンロードしました。(もちろん、無料です)

機械やコンピューターにとても、疎いので自分に出来るか不安でした。

しかし、ガイドに添って一つ一つ進めていけるので、私にでも分かりやすいような説明でした。

年賀状のデザインも種類が豊富でシンプルでシックなものから、かわいいポップなものも揃っています。

主人や子供達と画面を見て相談しながら決められました。

写真の取り込みもファイルを選択するだけで出来るのでスマートフォンで撮影した写真が使えるのも嬉しかったです。

写真なしのレイアウトから多いものは7枚程載せられるレイアウトもあります。

どの写真にするか決定を押すまで何度でもやり直せるので色々な写真を入れて、好みの構成に出来ました。

その途中でもデータを保存できるので、すぐに決めなくても、決まらなかった時は次の日にまたそこから始めることが出来ます。

メッセージもテンプレートから入力出来て、フォントや色も選択できるので自分好みにより合わせることが出来ます。

全部完了したら、次は宛名作成です。

電話帳に住所が入力されていれば、データをそのままアプリに移項出来るので簡単でした。

データが電話帳にない人だけ手入力しました。

一回入力したデータはIDを登録すれば来年以降も引き継げるので、次の年には更に楽になりました。

住所が変更になった人は簡単に変更できて、その年に送る人を選択できるので、その年に喪中の方を 省いて送ることが出来ます。

こうして、出来上がったものを注文すると直接送るか一旦自宅に届けてくれるかを選択します。

私は自宅に一旦届けてもらい、一言メッセージを書き込んで時期になったらポストに投函します。

印刷代金も安くて満足な仕上がりで毎年家族の記念としても一枚記念にとっておきます。

今年で5年目、今からどういう写真を使うか楽しみです。

年賀状を送ることでわかっちゃう?自分が築いてきた友好関係の現実

年賀状は楽しみだけど、同時に突きつけられる現実に傷つくこともある

新年と言えば、特別番組やおせちだったり、学生はお年玉なんかも楽しみだったりしますよね。

その他にも、年賀状がどれだけ来るかも密かな楽しみですよね。

最近の年賀状はデザインなんかも凝ってて、どういう年賀状が来るのか、わくわくするのではないでしょうか。

カラフルなイラストがプリントされた年賀状もいいですし、筆で書いた昔ながらの本格的な年賀状なんかも味があって大変よろしいです。

そんな色んなデザインで、貰って楽しく嬉しい年賀状なんですが、時に残酷な現実を突きつけられかねないのをご存知でしょうか。

そう、年賀状を送るのは任意ですので、思ったより貰えないということもあるのです。

特に、自分は張り切ってたくさんの人に送ったのに、いざ新年を迎えて自分のところに来た年賀状が少なかったら、結構ショックだったりします。

年賀状を送るほどの友好関係を築けてなかったという現実を突きつけられるわけです。

皆さんはそういう記憶がありませんか?

私にはその覚えがあります。

中学生の頃、新年を迎えるにあたって友達に年賀状を送りました。

私の中学生時代は携帯電話も普及していなかったので、いわゆるあけおめメールなんかもないので、年賀状の枚数がそのまま友好関係の数とも言える時代でした。

やっぱり友達と仲良く、良い学生時代を送りたかったので、こういうはきっちりしておこうと、年賀状を送ったわけです。

ところが、自分のところに来た年賀状が少なかったんです。

送ってない人から来たときはお返ししたりして、新年から少し遅れて年賀状が届くパターンもあるじゃないですか。

でも、送った相手から帰ってこなかったパターンすら、私の中学生時代にはありました。

要するに、私は皆から、まあまあ仲良くやってるけどこういうのを送るほどの間柄でもないと思われていたのでしょう。

このように予期せずして、自分が築いたと思ってた友好関係が、あまりちゃんと築けてなかったという現実を突きつけられる可能性があるのです。

先ほども話に挙げましたが、最近はあけおめメールなどがあるので、年賀状以上に手軽に新年の挨拶を送ることができます。

手軽な分、年賀状以上に来なかった時の精神的なダメージは大きいかと思います。

もちろん年賀状でも今まで説明したように、同じように精神に痛手を負ってしまいます。

こうならないように、普段から周りの人達とちゃんとした友好関係を築いていきましょう。

そうしないと、新年早々に予想外のショックな出来事に直面してしまうかもしれません。

そして、残念ながらそうなってしまった人は、何かを変えていくのにちょうどいいとも言える新年ですので、自分の振る舞いなどを改めるきっかけにしてみては如何でしょうか。

年賀状のやり取りだけでも大切な縁。母が亡くなって年賀状の重みを痛感

最後の年賀状にしようと相談していた矢先に、母が亡くなってしまった

私は毎年3つのパターンの年賀状を無料のサイトを活用して作成してきました。

送付先によって3パターンに変えているのではなく、自分の年賀状、妻の年賀状、母の年賀状の3つのパターンを作っているのです。

妻はパソコンに弱く、年賀状を年賀の挨拶、背景、ワンポイントの干支のイラスト等のパーツを組み合わせて作成する事が出来ない為、私が妻の希望を聞きながら作成させられています。

また母は従来は印刷を頼んでいた様ですが、超高齢となり、その依頼さえもできなくなった数年前から、私が作成し、送付してきました。

これと自分の分の3種類の年賀状を作成して来たのです。

そんな母も、自宅で私達が見守り生活介助する対応ではできないほど弱り、特別養護老人ホームに入居しました。

これを機会に、次年度の年賀状に、その旨を記載し、年賀状を送付するのを終わりにしようと考えていました。

母宛に来た年賀状を見せても、それが誰からなのか良く理解できない様になってきていたからです。

そんな母ですが、最期の年賀状送付の前に、今年、他界してしまいました。

年賀状で今後の不義理をお伝えしようと思っていたものが、喪中はがきでお知らせする事となってしまいました。

母は亡くなる94歳まで、私の代筆を含めて年賀状を出し続け、少なくとも元気に過ごしている事を多くの方にお知らせしてきました。

しかし、母の知り合いや友人の遺族から毎年の様に喪中はがきが舞い込み、送付する年賀状は急速に減少して来ました。

いつかは、年賀状をやり取りしたくても、できなくなるのだと言う事を毎年感じて来ました。

年賀状は虚礼だとして出さない方も少なくありません。

しかし母の年賀状を代筆して、虚礼であろうが心に残る人には年賀状だけでもやり取する事で、自分がその人と関わった時代を振り返る事が出来、歳を重ねるごとに年賀状の大切さ、重みは増すものだと痛感しています。

私は定年退職した現在も、親族、友人の他に会社員時代に関わった人達に150通ほどの年賀状をやり取しています。

そんな会社で関わった人達の中でも80歳を過ぎた方が増え始めました。

やがて母の時の様に、送付する相手が徐々に減少し始めるのだと思うと、少し寂しくなって来ます。

元気な間は、近況を少しでも直筆で挿入し、年賀状を送付し続けたいと思っています。

今年は年賀状は送れず、喪中はがきを準備する事となりました。

それでも、近況を少し添えて送る事で自分の様子を伝える役割は果たせます。

次に年賀状を作成する時には、従来の3種類から2種類に減少した事を改めて痛感する事と思います。