年賀状を送ることでわかっちゃう?自分が築いてきた友好関係の現実

年賀状は楽しみだけど、同時に突きつけられる現実に傷つくこともある

新年と言えば、特別番組やおせちだったり、学生はお年玉なんかも楽しみだったりしますよね。

その他にも、年賀状がどれだけ来るかも密かな楽しみですよね。

最近の年賀状はデザインなんかも凝ってて、どういう年賀状が来るのか、わくわくするのではないでしょうか。

カラフルなイラストがプリントされた年賀状もいいですし、筆で書いた昔ながらの本格的な年賀状なんかも味があって大変よろしいです。

そんな色んなデザインで、貰って楽しく嬉しい年賀状なんですが、時に残酷な現実を突きつけられかねないのをご存知でしょうか。

そう、年賀状を送るのは任意ですので、思ったより貰えないということもあるのです。

特に、自分は張り切ってたくさんの人に送ったのに、いざ新年を迎えて自分のところに来た年賀状が少なかったら、結構ショックだったりします。

年賀状を送るほどの友好関係を築けてなかったという現実を突きつけられるわけです。

皆さんはそういう記憶がありませんか?

私にはその覚えがあります。

中学生の頃、新年を迎えるにあたって友達に年賀状を送りました。

私の中学生時代は携帯電話も普及していなかったので、いわゆるあけおめメールなんかもないので、年賀状の枚数がそのまま友好関係の数とも言える時代でした。

やっぱり友達と仲良く、良い学生時代を送りたかったので、こういうはきっちりしておこうと、年賀状を送ったわけです。

ところが、自分のところに来た年賀状が少なかったんです。

送ってない人から来たときはお返ししたりして、新年から少し遅れて年賀状が届くパターンもあるじゃないですか。

でも、送った相手から帰ってこなかったパターンすら、私の中学生時代にはありました。

要するに、私は皆から、まあまあ仲良くやってるけどこういうのを送るほどの間柄でもないと思われていたのでしょう。

このように予期せずして、自分が築いたと思ってた友好関係が、あまりちゃんと築けてなかったという現実を突きつけられる可能性があるのです。

先ほども話に挙げましたが、最近はあけおめメールなどがあるので、年賀状以上に手軽に新年の挨拶を送ることができます。

手軽な分、年賀状以上に来なかった時の精神的なダメージは大きいかと思います。

もちろん年賀状でも今まで説明したように、同じように精神に痛手を負ってしまいます。

こうならないように、普段から周りの人達とちゃんとした友好関係を築いていきましょう。

そうしないと、新年早々に予想外のショックな出来事に直面してしまうかもしれません。

そして、残念ながらそうなってしまった人は、何かを変えていくのにちょうどいいとも言える新年ですので、自分の振る舞いなどを改めるきっかけにしてみては如何でしょうか。

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